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個人に降りかかる悲しみの淘汰圧

バスを降り、帰路についた。19時を回っていた。そんな時間に外を歩くのはひと月ぶりだったので、こんなに暗いことに驚いた。いつも早く家に帰るのは、外にいる理由がないからだ。僕が外でできることは、家の中でできることに比べればあまりにも少ない。今日は懐かしい人たちに会い、少し帰るのが遅くなった。懐かしい人たちとの話は楽しかった。僕と彼らは基本的に友好的な関係だから、それだけで楽しいのだ。友好的であることに理...

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H28/7/22(金)20:30~、A-10

図書館で古いイギリスの小説を借りた。僕は精神的にかなり参っていた。そんなときには古い本を読むのが一番いいのだ。そうそう上手くいくものではないが、上手くいけば現在のことを忘れられるから。僕はバスに乗って自分の家へ帰った。バスの振動は眠気を誘うが、気分が落ち込んでいるときはその限りではない。陰鬱な気持ちを抱えている方がページが進むこともある。夏休み中の学生や、暇を持て余した年寄りの話し声も僕の気分を沈...

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置き去り

多くの人が、大人になると虫を嫌いになる。元から嫌いなのではなく嫌いになる。子供の頃はなんの抵抗もなくバッタやカマキリに触ることができたという人は多い。それがいつの間にか、やはり多くの人がそうなのだが、決定的な出来事に思い当たることなく、虫が苦手になっている。苦手といっても程度の差はある。カブトムシのような、大きくゆっくりとした動きの虫なら触れるという人。セミだけは触れるという人。触るのは嫌だが、見...

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矮小な者ほど自分を大きく見せようとするはずだ、というのは一般に認められた真理である。

僕はいつからか、古典を読まなければならない、という強迫観念にも似た思いに取り憑かれていました。イタロ・カルヴィーノは古典に対する定義をいくつか試みています。中でも最も有名で面白いものは次のものでしょう。〈古典とは、ふつう、「いま、読み返しているのですが」とはいっても、「いま、読んでいるところです」とはあまりいわない本である〉カルヴィーノの意図するところとはズレますが、僕の場合は見栄なのです。古典と...

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プロテスタン・ちっく

先日、友人と一緒に昼食を食べに出かけました。某チェーン店のうどん屋は日曜日の正午過ぎということもあって店の外にまで人が並んでいました。僕たちがうんざりしながらも列の後ろにつくと、どこかから何かが擦れるような大きな音がして周りの人が少しざわめきました。駐車場に入ろうとしていた車の方から音がしたようでしたが、ただ壁に擦っただけにしては音が大きすぎました。列の中から数人が抜けて車に近付いてゆき、僕もそれ...

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